大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

鹿児島地方裁判所 昭和45年(わ)172号 判決

主文

被告人を懲役四月に処する。

訴訟費用は、被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四五年六月二三日夕刻、鹿児島県囎唹郡志布志町内で開催された「安保廃棄、国民の生活と権利を守る囎唹地区集会」に出席し、引続き約六五〇名の労働組合員らと同町内をデモ行進し、その際、右デモ集団の第二挺団である動力車労働組合挺団に属していたものであるが、同日午後七時三〇分頃、前示志布志町志布志二、七二一番地永島フミ方前国道(第二二〇号線)を西進中、同所において、前示集団が、所轄志布志警察署長の付した道路使用許可条件に違反し、右国道のセンターラインを著しく超えて対向車線内までジグザグデモ行進をしたため、折柄警備にあたつていた鹿児島県警察機動隊所属の機動隊員らが、これに対しセンターライン内まで圧縮規制を行ない、さらに右移動(右側並進)規制に移つたとき、前示デモ隊の隊列が乱れて隊列の間に巾一メートル余の空隙が生じたところから走り抜けてきて、右機動隊の隊列にあつて前示規制の職務を執行中の司法巡査庵之下周一に向つていきなり同人の左下腹部を運動靴をはいた足で、一回、強く、横蹴りに蹴りつけ、もつて、同巡査の職務の執行を妨害したものである。

(証拠の標目)〈略〉

(法令の適用)

法令にてらすと、被告人の判示所為は、刑法第九五条第一項に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期の範囲内で、被告人を懲役四月に処し、訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文によりこれを被告人に負担させる。

(弁護人の主張に対する判断)

一、道交法第七七条の違憲の主張について、

弁護人は、本件においてデモ隊の行進につき所轄警察署長は条件を付している。しかし、その条件付許可の前提となるべき道路交通法(以下、単に道交法という。)第七七条第一項本文、同項第四号が、公安委員会の指定した行為をしようとする者について、所轄警察署長の許可を要する旨規定したこと自体、それは表現の自由を保障した憲法第二一条の規定に違反し、違憲、無効である旨、主張する。そこで、この点について検討するに、なるほど憲法第二一条が、集会、結社その他一切の表現の自由を基本的人権の一つとして保障していることおよび右権利が民主主義社会における市民の最も重要な権利の一つであることからして、国政上最大限尊重されなければならないことは、もとより当然のところであるが、しかし、一方、右基本的人権の保障といえども、つねに無制約、無制限ではなく、公共の福祉の見地から、内在的制約、制限に服すべきものである。すなわち、公共の福祉に対する危険が、明らかに予想される場合、右危険を抑制、排除すべく特定の場所または方法につき、明確かつ合理的な基準を設け、右基準の下に、事前に、部分的に、基本的人権を制限することは、それ自体基本的人権についての内在的制約を立法上の裁量にもとづき明文化するものとして、憲法上、当然許容される。このことは、憲法第一二条ないし第一三条の規定の趣旨にてらし、明らかである。

ところで、道交法第七七条は、道路における危険の防止、その他交通の安全と円滑を図ることを目的とする同法の趣旨(同法第一条参照。)にしたがい、道路上で行われる一般交通に著しい影響を及ぼす各種の行為のうち、これを放任するときは、道路上の危険防止、交通の安全、円滑の維持確保のうえで重大な支障をおよぼすおそれのある行為を類型化し、これを同項第一号ないし第三号に列挙し、かかる行為が道路上でなされることを一般的に禁止するとともに、同項第四号において、右各列挙の行為に準ずるような交通上の障害となる行為について、同号前段の範囲内で、さらに具体的に公安委員会の認定によつて、これを定め得べき旨を規定している。そして、右各規定に個別的に列挙せられたり、あるいは公安委員会の指定し得べきものとされている行為は、当裁判所に顕著な現時の一般交通の実情にてらせば、いずれも、道路における危険防止、安全、円滑の維持、確保に直接重大な支障をおよぼす行為であること明白であるから、かかる行為を一般交通の場所である道路上で放任しておくことによつて蒙むる公共の福祉に対する重大な侵害結果をも考れば、これを一般的に法律の規定で禁止することには、十分、合理的な理由があるものと考えられる。もつとも、これをデモ行進の場合についてみれば、このような一般的な禁止が、ある程度、その自由に対する事前の抑制として作用することは、否定できないが、しかし、そのこと自体は、交通の障害とならない秩序ある集団行進に対して、何らこれを不当に制限することを意味しないし、同条は、集団行進それ自体を禁止する趣旨でもない。同条は、あくまでも、前示合理的理由にもとづき、道路という特定の場所を限定し、かつ、禁止行為の内容を個別的に明確にし規制するものである。しかも、かかる制限を具体的事例に応じて解除する警察署長の許可権の行使について、同法第七七条第二項は、所轄警察署長に対して許可申請があつた場合、前示各禁止行為が、同条第二項第一号ないし第三号の規定に該当する限り、必ず、これを許可すべき義務を定めて、この許可権の発動について、恣意的な裁量を排除している。

そうすると、これらの規定は、いやしくも道路交通法の維持、確保しようとする前示公共の福祉に支障が存しない限り、表現などの自由に対しても、これが、最大限に尊重されるよう十分な配慮がなされているというべきであつて、これをもつて、前示憲法第二一条にいわゆる表現の自由を不当に侵害したものということはできない。してみれば、この点に関する弁護人の主張は理由がない。

二、警職法第五条違反などの主張について、

弁護人は、本件デモ行進に対する機動隊の規制は、それ自体根拠となし得ない警察法第二条にもとづき行われたか、警察官職務執行法(以下、単に警職法という。)第五条にいわゆる所定の危険、虞れが存しないのに行われたもので、違法である。また、もし、被告人らを含むデモ隊員の行為が道交法に違反し、犯罪を構成するとすれば、それは、既に既遂に達しているのであるから、これについて現行犯逮捕をするのは格別、もはや警職法第五条によつては、規制をなし得ないものである。したがつて、本件規制は、根拠なく行われたもので違法である旨、主張する。

そこで検討するのに、

(一)  警職法第五条にいわゆる「犯罪がまさに行われようとする……とき」とは、通常、ある犯罪が行われんとする場合における当該犯罪の実行に接着した事前の時期、段階を指称し、既に当該犯罪について、実行の着手があり、あるいは既遂に達した事情がある場合は、原則として、これに含まれないものと解するのが相当である。すなわち、同条にいわゆる「その行為」とは、実質的にみて、まさに犯罪に該当せんとするいわば「前犯罪行為」を意味する。したがつて、同条後段は、右の「前犯罪行為」を規制することを目的としたものである。

しかし、当該行為が、その態様上、継続、反覆して行われる場合においては、一方で、既に、犯罪として着手あるいは既遂に達したものが存するとともに、他方では、いまだ犯罪の着手に至らない前示のいわゆる「前犯罪行為」の存在をも考え得るのであるから、その限りにおいて、なお、犯罪の実行に接着した事前の時期、段階の観念を容れる余地がある。したがつて、かかる場合においては、右のような時期、段階をとらえ、これを前示警職法第五条にいわゆる「犯罪がまさに行われようとする……とき」に該当すると解するに妨げない。

(二)  もつとも、この点については、当該規制の対象となる行為の全部または一部が、既に犯罪として未遂あるいは既遂に達し、これについて、刑事訴訟法上、行為者を現行犯人として逮捕し得る段階に至つた場合においては、警職法に定める規制措置と刑事訴訟法に定める現行犯逮捕制度の目的、趣旨の相異にかんがみ、たとえ、前示第五条の危険、虞れが現存する場合においても、右規定を根拠として規制措置を採ることは許されず、当該行為者を現行犯人として逮捕しこれによつて反射的に犯罪それ自体ないし、これにもとづく危険、虞れを抑制、排除するしか、その方法が許されていないとの弁護人主張の如き見解も存するけれども、刑事訴訟法上の現行犯逮捕と警職法第五条の規制(制止)とは、これによつて達成しようとする直接の目的を異にする。したがつて、本件におけるが如く、行為の一部が、既に犯罪として既遂に達する一方、さらに別途、「犯罪がまさに行われようとする……とき」、すなわち、「前犯罪行為」も認められる場合においては、右の「前犯罪行為」にもとづく危険、虞れを抑制、排除するため、警職法第五条にもとづく規制行為をなすことも、既遂に達した犯罪行為を理由として、行為者を現行犯人として、逮捕し、その身柄拘束の反射的効果として、右の犯罪制圧などの目的を達成することもなし得るのであつて、そのいずれを選択するかは、その衝にあたる警察官の職務執行上の合目的裁量、選択に委ねられているものと解するのが相当であり、むしろ、犯罪行為ないしこれにもとづく危険の抑制、排除を主な目的とする場合においては、警察比例原則の適用上も、人身の自由に対する拘束、制約の程度の少ない警職法第五条の規定にもとづく規制によるべきものと考えるのが、一層合理的で、これによるのを排斥したうえ、現行犯逮捕の方式にのみより得るとする見解は、採用できないところである。

(三)  ところで、前掲各証拠によれば、本件デモ行進に対する機動隊の規制は、当日の夕刻、再三にわたつて、本件現場に至る道路上でジグザグデモをくりかえした被告人参加のデモ隊が、前示、時間、場所において、被告人らを含めてさらに激しいジグザグデモを行い、勢に乗じ、巾員約一二メートルの道路上をそのセンターラインを約四メートル八〇センチも超えて対向車線にまでその進路を広げる行為を行つたこと、右ジグザグデモによつて自動車四、五台が現実に通行をはばまれるなど現場附近の交通が渋滞し、かつ対向車線を進行しようとする車両相互の接触による人身あるいは物損事故、進行車両とデモ隊員との接触事故などの生ずる現実的な危険が生じたこと、そのため、人の生命、身体に危険がおよび、また財産に重大な損害が生ずる虞れがあり、かつ、右危険、虞れを抑制、排除するため緊急止むを得ないとの判断に立脚した上司の命令によつて庵之下周一巡査が行動したこと、警職法第五条にいわゆる規制として本件圧縮規制、右移動(右側並進)、引立てなどが行われたこと、ことに、右規制の始められた時点においては、前示ジグザグデモが、引続きくりかえし反覆、続行され、かつ、前示危険、虞れが助長される気配であつたこと、などの事実が認められる。

(四)  以上のとおりであるから、本件規制につき、警職法第五条の不適用ないし同条の要件の欠如をいう弁護人の主張は、いずれも理由がないことに帰する。

また、本件規制が、警職法第五条所定の要件をそなえ、同条の規制として行われたことは、前示したところによつて明らかであるから、さらに警察法第二条の趣旨について判断するまでもなく、弁護人のこの点に関する主張も理由がない。

三、規制行為の態様の違法に関する主張について

弁護人は、本件ジグザグデモに対する規制は、一部機動隊員のデモ隊員に対する蹴る、突くなどの暴行の下に行われたもので、その態様上、適法な公務の執行とはいえない旨、主張する。

そこで、この点について検討するに、元来、公務執行妨害罪にいう公務は、それが単独の公務員によつて執行される場合であると、あるいは本件におけるが如く隊伍を組んで執行される場合であるとを問わず、直接には、各個の公務員の公務執行の側面に着眼し、それとの関連で、保護されるものである。このことは、刑法第九五条が、「公務員ノ」と規定していて、公務員の集団についての公務の執行を規定していないことによつても、十分窺い知れるところである。

したがつて、本件被告人に対する公務執行妨害罪の罪責を論定する前提として、機動隊員の職務執行の適法性を検討する必要が存する場合においても、原則として、被告人の暴行行為の対象とされた司法巡査庵之下周一について、被告人との関係で、このことを検討すれば足り、他の機動隊員の職務執行や、他のデモ隊員に対する職務執行について、これを検討する必要は、原則として、存しない。ただ、司法巡査庵之下周一の職務執行が、上司の命令によるなど機動隊に属する他の警察官と上命下服の関係でなされ、あるいは、共同の密接な挙止動作をもつてなされるなど、他の警察官の職務執行の適否と密接な関連を有し、これによつて、その適否について影響を受けるような例外的な事情の下になされた場合においてのみ、同人以外の他の警察官の職務執行の適否を論ずれば足りるわけである。

そこで、いまこの見地に立つて、本件についてさらに検討するに、前掲各証拠によると、前示デモの規制に際して、機動隊員らが、デモ隊員に対し実力を行使し、押したり、場合によつては、突いたりしたことは窺われるけれども、記録を検討しても、司法巡査之庵下周一自身が、被告人に対し、その規制に際し、蹴る、突くなどの暴行を加えた如き事実は認められないし、ほかに、同人の職務執行に直接関連性を有し、ことにその職務執行の適否を左右するが如き関係にあつた他の機動隊員らに被告人に対し右の如き行為におよんだ事実は、いずれも、これが認められない。

そうすると、前示認定にてらし明らかな如く、上司によつて発せられた規制命令自体が違法であつたことの認むべくもない本件では、規制の態様についての弁護人の主張も理由がなく、排斥を免れない。

四、正当防衛の主張について

弁護人は、機動隊員の被告人らを含むデモ隊員に対する本件規制は、それ自体根拠となり得ない警察法第二条を根拠とし、あるいは、それ自体要件を満さないのに警職法第五条を適用し、かつ、暴力を伴つたもので、違法であるから、被告人の行為は、正当防衛として違法性を阻却さるべきものである旨、主張する。

しかしながら、前示各認定の事実関係ならびにこれについで説示したところにてらせば、本件被告人の暴行の対象とされた司法巡査庵之下周一の職務執行は、警職法第五条にもとづき適法に行われたものであり、右巡査の職務執行が、被告人は勿論のこと、他のデモ隊員に対する関係でも、急迫「不正」の侵害を構成するものであつたとの事実は、到底認められない。

もつとも、前掲各証拠にてらせば、本件圧縮規制などは、素手で行われたものの、それ自体ジグザグデモによつて対向車線内に侵入したデモ隊員を実力をもつて、センターライン内に押し戻すなどの目的のものであつたため、その際、デモ隊員の隊列が、一時混乱した状況は認められるが、これが正当な規制行為であつたことは、前説示のとおりであるばかりでなく、いわゆる正当防衛における防衛行為は、急迫、不正の「侵害」そのものを対象としてなされる場合であるのに、被告人の行為は、かえつて、単に右移動(右側並進)の規制動作に移つていた司法巡査庵之下周一に対し加えられたこと前示のとおりであるから、その余の要件について判断するまでもなく、到底、正当防衛の観念を容れる余地がないものというべきである。

したがつて、弁護人のこの点に関する主張も、理由がない。

(量刑理由)

被告人の本件犯行は、前示認定の事実関係にてらせば、前示道交法に違反するジグザグデモの規制を受け、機動隊員とデモ隊員が一部接触あるいは対峙する状況においてなされたこと、被告人自身が直接司法巡査庵之下周一に暴行などを受けていないのになされたこと、その足蹴りは、前掲各証拠によれば、空手のいわゆる横蹴りに類する方法でなされたこが窺われる。

そして、当裁判所に顕著な事実によれば、集団行進において、機動隊員とデモ隊員とが規制のため接触し、あるいは実力の行使がなされる場合においては、その混乱状況において、両者の感情の行違い対立が応々生じ、したがつて、当事者が、より沈着冷静に行動をしないと両者の衝突、場合により流血の惨をみるようなことも、十分考えられる。このような場合、もし、積極的に当事者の一方が、相手方に対し不当な一種の挑発行為を行えば、全面的衝突の起る危険も大きいものと認められる。もつとも、本件の場合、被告人の逮捕のみで納まり、両者の大きな衝突が起きなかつたが、あくまでも、かかる軽率な行動は、集団行進に際して慎むべきことである。被告人の本件行動は、その動機が奈辺にあるか審かでないが、そのもつとも危険な時期に、軽率に行われたことは明白である。しかも、前掲各証拠によれば、一蹴りで司法巡査庵之下周一の体勢をくずして後方によろけさせる程度のもので、可成り強力なものであつたことが認められる。

さらに、本件公判廷で、被告人は、いたずらに警察のデッチ上げを主張して、自己の行為について種々弁解、抗争をするのみで、本件犯行について、何等反省、改悛の情を示さず、順法の精神に欠けていることが認められる。

よつて、これらの諸事情を彼此対照して、主文のとおり量刑したが、刑の執行を猶予する余地がない。

よつて、主文のとおり判決する。

(松本敏男 小島建彦 鬼頭史郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例